きゅう:はんたー×ぱにっく!?(後)






戦闘を終えたヒロシを、仲間達はみな呆然とした面持ちで見つめていた。
みな口々に何か言おうとするが、言葉にすることが出来ない。
労いの言葉をかけるべきなのは分かっている。だが。
「さっきと同じ手で負けるなんて、お前馬鹿じゃねえの!?」
真っ先に口を開いたのはケビンだった。肩をすくめてやれやれと深い溜息をついた。
「ここまで使い物にならないなんて、最悪ね。タナカさんの負担を増やさないでよね!」
狼に変身してしまったヒロシをミカは睨みつける。まさに、「見下した」状態である。
「う、うるさいうるさいうるさーい!!俺だってなあ、俺だって……!」
ヒロシは、茶色い身体をふるふると震わせた。目にはうっすらと涙が溜まっている。
「お疲れ様」
優しい言葉をかけてくれたのは、タナカだけだった。その言葉に、思わずヒロシはタナカの胸に飛び込んで行った。
「シュウイチ……!分かってくれるのはお前だけだ……!」
タナカの胸の中で嗚咽をもらすヒロシ。タナカは、ヒロシの毛を撫でながらそれを慰める。
「ヒロシには、ちょっと荷が重すぎたんだよな」
その言葉にヒロシは勢い良く顔を上げるが、そこにあったのはタナカの悪意の無い笑みだった。
うなだれるヒロシ。前足でタナカの胸を力無く押すと、倉庫の隅に向かってとぼとぼと歩いて行った。
背中に心なしか哀愁が漂っているように見えるのは気のせいではないだろう。
しかし、タナカはヒロシの心中には気付かずに首を傾げるばかりだった。
「次は誰が出る!?」
アンディの声に、
「オレが行くよ」
タナカが珍しく意志のはっきりと篭った瞳で言った。
「タナカさん頑張ってー!」
ミカの黄色い声援が飛んだ。ヒロシの時とは正反対の態度である。
タナカはそれに苦笑で答えると前に進み出た。
「ほう。タナカくんが相手ですか」
アンディは目を細めてタナカを見つめる。
「しかし、四兄弟に敵いますかね?」
その言葉に、四兄弟がアンディを守るかのようにタナカの前に並んだ。相変わらず、一糸乱れぬ動きである。
「敵うかどうかは、やってみなければ分からないだろう?」
タナカは不敵に笑ってみせた。
「四兄弟、対タナカ用必殺技だ!」
アンディの声に、四兄弟がタナカの周囲を取り囲んだ。
胸元に手を入れて、何かを取り出そうとする。先ほどのヒロシと同じように、十字架をかざすつもりなのだろうか。
「タナカさんには、十字架は効かないんでしょう?」
「ああ。奴がそれを調べてないはずはないが…」
相手に聞こえるはずのないことは分かっているが、ミカは小声で尋ねた。ケビンは腕を組み眉間に皺を寄せてそれに答える。
彼らの予想を裏切るかのように、四兄弟が懐から取り出したのは、雑誌だった。
どうやら青年誌のようで、表紙には水着姿の女性が写っている。

「M字開脚」
「女豹」
「巨乳」
「チラリズム」

四兄弟は口々にそう言いながら、雑誌を開いていく。タナカの目には次々と、きわどいところぎりぎりまで布を取り払った女性の姿が映された。
凍り付くタナカ。
それを見たアンディはにやりと口の端を歪ませた。
そして、四兄弟は声を揃えて言った。

「グラビアアターック!!」

雑誌を開いたままにじり寄ってくる四兄弟に、タナカは冷や汗が流れ出すのを感じた。
四兄弟はタナカの周囲を雑誌を開いたままぐるぐると回り出す。
M字開脚と女豹のポーズを取った女性、そしてぎりぎりまでアップにされた豊満な胸と、きわどい位置にまでスリットを入れられた足が次々にタナカの目にさらされる。
それは端から見れば何とも馬鹿馬鹿しい光景だった。人によっては、涎ものの状態かもしれない。
だが、やられているタナカにとっては、たまったものではなかった。
タナカは小さく呻く。
(くそっ目を開けていることができない……!なんて技なんだ!!)
タナカは目を閉じてしまいたかった。だが、目を閉じてしまっては四兄弟にどんな攻撃をしかけられるかわからない。
「シュウイチの弱点を巧みについた技だな。くそっああくるとは思わなかったぜ」
ケビンは舌打ちする。
不意に、隣でミカが肩を震わせていることに気付く。俯いたまま、顔を上げようとしない。
タナカに幻滅したのだろうかと思い、ケビンが声をかけようとした時だ。
「そんなどうでもいいグラビアアイドルなんかより、見るならミカのを見てください!」
ミカは顔を上げると、おもむろに背中のホックに手をかけ、服を脱ごうとし始めた。
「ばっやめろって!」
慌ててミカの腕をケビンが掴むが、ミカはそれを解こうと必死になってもがいている。
「タナカさん!絶対ミカのを見た方が良いに決まってます!!ミカ、脱いでも凄いんです!!」
どこかで聞いたような台詞を叫んだミカの声に、四兄弟の動きが一瞬止まった。彼らも男だったと言うことか。
だが、タナカは動き出せないでいる。雑誌の写真の所為で、ふんぎりがつかないのだ。
「眼鏡を外せ!」
ケビンの声が倉庫内に響き渡った。そして、それと同時に眼鏡を放り投げる音が響いた。
視界はぼやけているが、先ほどよりは大分マシである。雑誌の写真がはっきりと見えなくなったことで、タナカは呼吸が楽になっていくのを感じた。
問題なのは、四兄弟が八兄弟になっているということだが、そこは数打ちゃ当たる、である。それよりも気がかりなことがタナカにはあった。
(やっぱり、血吸っておかないとダメかな。美味しくないんだよなー)
偏食吸血鬼は、溜息を一つつくと戦闘の構えを取り直した。
四兄弟はタナカに向かってなおも雑誌を見せてくるが、視界がぼやけているタナカには屁でもない。
一人に目星をつけると、タナカはじりじりと間合いを詰めて行く。先ほどとは反対に、四兄弟の一人が怯えたような表情をしたのが分かった。
二度ほどパンチを繰り出したが、それは虚しく空を打っただけだった。
徐々に、タナカの眉間の皺は濃くなっていく。
再度、パンチを繰り出す。手応えがあった。それは、見事に相手の腹に命中していた。
相手がよろめいた瞬間に、タナカは胸倉を掴むと大きく口を開き、首筋に噛み付いた。
半年振りに飲む人間の血は金臭く、どろりと口の中に広がっていく感触に不快感を覚えた。
タナカはすぐに首から口を離すと、口の中のものを吐き出した。
「うあああ、めちゃくちゃ不味ー」
「兄者の血が不味いだと!?」
「それは我らの血が不味いということではないか!」
「失敬な!」
残りの三人は口々に憤りを露にする。
彼らがまともに喋っているのを初めて聞いたタナカ達は、普通の言葉も喋ることが出来るんだな、と変に感心していた。
血を吸われた当人はと言えば、夢見心地な顔をして空を見つめている。
「リンリンが、リンリンが私の前で……」
「兄者、一体何が見えているというのだ!?」
「リンリンって、あのリンリン!?」
「兄者、しっかり!」
「M字開脚で、ふふ、ふふふ」
恍惚の表情を浮かべている。
三人は、突然くるりとタナカの方を向いた。
「我らにも同じ事を!」
「我ら兄弟は一心同体!」
「一人が見ているものは、全員に見る義務がある!」
「いや、でもあと三人分血を吸うのは……」
困惑するタナカに、三人は息がかかるくらい近くまで顔を寄せてきた。
「一人はみんなのために!」
「みんなは一人のために!」
「M字開脚は我々だって見たいのだ!」
三人のあまりの剣幕に、タナカはただただ頷くしかなかった。
「……吸わせていただきます」


××××××××××


タナカに血を吸われた四兄弟は、恍惚の表情を浮かべながら口々に、
「M字開脚が」
「チラリズムが」
「女豹が」
「巨乳が」
と、呟いている。
タナカよりも彼らの方がグラビアアタックを受けたかったのかもしれない。
四人分の血を吸ったタナカは、吐き気をこらえるのに必死だった。
ふらつく足取りでケビンたちのいる所へと戻ってきた。
「大丈夫ですか?顔色が悪いわ」
心配そうな表情で駆け寄ってくるミカに何とか笑みを浮かべてみせる。だが、ミカの表情がさらに曇ったところを見ると、どうやらそれは笑みの形になってくれてはいなかったようだ。
「平気か?」
タナカはケビンの言葉に何とか首を縦に振る。
「硬いだろうが、ヒロシの膝でも枕にしておけ」
ケビンはそう言うと、呆然としているアンディの元へと歩を進めた。
ふらついたタナカを、いつの間にか人間に戻っていたヒロシが抱きとめた。
「大丈夫かよ。普段人の血を飲まないからこうなるんだぜ?で、膝枕すんのかよ?」
面倒くさそうな口調とは裏腹に、抱きとめる腕は優しかった。
「いい。横になったら逆に気持ち悪くなる」
タナカはヒロシに支えられながら歩いた。倉庫の壁にもたれかかり、ほっと一息をつく。
そこへ、ミカが可愛らしい笑みを浮かべながら近づいてきた。
「もしも膝枕が必要になったら、ミカの膝を使って下さいね」
「あ、はい。ありがとうございます」
「隣、座ってても良いですか?」
躊躇いがちに、うっすらと頬を染めて聞くミカに、何故かタナカも赤面して頷く。
それを見た、ミカの顔がぱっと輝く。スカートの裾に気をつけながら、ミカは腰を降ろした。
その空間だけ抜き出せば、なかなかに良い雰囲気である。初々しいカップル、といった感じだ。
しかし、その横ではヒロシがやってられない、というように肩を竦めているし、ケビンとアンディは緊迫な空気の中、向かい合ったままだ。
「部下が阿呆だと苦労するねえ」
厭味ったらしく言うケビンに、アンディは返す言葉が無い。
四兄弟の方を睨みつけながら、ぎりぎりと唇を噛んでいた。
「で、どうするよ?お前を雇った人間の名前を告げて大人しく去るか。それとも、雇い主の名を噤んだまま永い眠りにつくか。まあ、大体誰の差し金かは検討ついてんだけど」
「誰の差し金だと言うんだい?」
「……自分から言う気は無い、か。所詮、Aランクか。その程度なんだな」
溜息と共に吐き出されたその言葉に、アンディは激昂した。
「所詮、その程度!?君のような人間に言われたくは無いね!」
「じゃあ、どんな人間になら良いんだよ?フレッド叔父さんになら良いのか?」
「な、何故そこでフレッド様の名が出るんだっ」
引きつるアンディの表情を見て、ケビンはにやりと笑った。
「それとも、ジョナサン?レナルド?確か、ジャン伯父さんもトップを狙ってたはずだけどなあ〜」
歌うようにケビンは言う。
「君という人間は、どこまで僕を馬鹿にすれば気が済むんだ!」
「そんなの、どこまでもに決まってんじゃん」
「君みたいな、君のような、あんな、血を飲んだくらいでへたれているような吸血鬼と付き合っている人間に、何故馬鹿にされなければならない!?僕は、これでも、ずっとトップの成績を収め続けてきたんだ!それを、分家筋の人間だからと低い位に甘んじてきた。君のような、七光りでSランクにいる人間に馬鹿にされる筋合いはない!!君をトップに据えようなんて、協会長は目が曇っているとしか思えない!」
アンディは物凄い勢いで捲くし立てる。言い終わった後には荒い息をついていた。
不意に、アンディの後ろから声がした。
「……って、言いましたよね?」
振り返るとそこにいたのは、満面の笑みを浮かべたミカだった。
タナカは慌てて隣を見た。先ほどまでは確かにここにいたはずなのに。
その素早い動きに、妙に感心した。
「何だ?お前は関係ないだろう?」
眉間に皺を寄せるアンディに、ミカは一歩近づく。
きゅっと、アンディの手首を掴んだ。
「今、タナカさんのことへたれているって言いましたよね?」
顔には笑みが浮かべられたままだ。
だが、その声音は聞いたものをみな震え上がらせてしまいそうなものだった。
「言ったら、どうしたって……」
「いうんだ」と、言い終わらないうちに、アンディは宙に待っていた。
膨らんだ黒いスカートから出たミカのすらりとした足が、華麗に弧を描いた。
そして、そのままアンディは物凄い勢いで地面に叩きつけられた。
「タナカさんを馬鹿にすると、ミカが許さないんだから!」
腰に手を当てて可愛らしく怒っているミカの声は、既にアンディの耳には届いていなかった。
それを見ていたケビンは口笛を吹き、ヒロシは開いた口が塞がらず、そしてタナカは、まるで自分が今しがた投げられたばかりであるかのように、昏倒した。




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