ろく:迷える吸血鬼に愛の手を






さて、その少し前。
生徒殺しの安東に強引に引きづられていたタナカはと言えば―――。
「行きますよ、タナカくん!!」
やはり安東に引きずられているままなのであった。
大丈夫か、タナカシュウイチ。
押しが弱すぎるぞ、タナカシュウイチ。
「だー本当に面倒くせえ奴だな、おまえって野郎はよお!」
読者の心境を代弁するかのように、何者かが苛立たしげにそう言った。
声のする方へと視線を投げたタナカの目に映ったのは、見覚えのある金色の髪。
「―――ケビン!」
「誰です?部外者は立ち入り禁……」
神経質そうにメガネを二度三度とあげる安東の声を遮ったのは、ケビンのコルトパイソンだった。
容赦なく銃口を安東に向けるケビン。勢い良く飛び出した銃弾は、安東の頬を掠めた。
「ななな、ななななななななな」
目を見開き、わなわなと震え出す安東。
ケビンはコルトパイソンを腰に戻すと、安東に向かって怒鳴った。
「うだうだうるせえ!顔に風穴開けたくねえんだったら黙ってろ!!」
ケビンのその形相に恐れをなしたのか、安東は小さく「はひ」と呟くと、震える足を何とか懸命に動かしながら校舎へと向かって行った。
それでも、メガネを二度三度と押し上げるのは忘れなかった。
「助かったよケビ……」
ケビンに駆け寄り礼を言おうとするタナカを、ケビンは下から睨みつける。ぴたぴたとタナカの頬を掌で叩きながら凄んでみせた。
「ああ?助かったじゃねえよ。ここで俺がカッコ良く参上しなかったらおまえどうする気だったわけ?ん?ママに助けでも求めるんでちゅかー?」
「じ、自分で何とかしたさ!」
「へえ。ほお。ふーん。自分でねえ。俺の助けなんて必要じゃなかった、と。そいつは失礼なことをしたな」
ムキになって言うタナカに、ケビンはわざとらしく驚いてみせる。それが更にタナカの癇に障った。
「そ、そうだよ!別にケビンの助けなんかなくたって、自力でヒロシの所に辿りつけたよ!」
「ああそう。んじゃ、奴の居場所を知っている俺は別行動でもいいということで」
「居場所、知ってんの!?」
「俺の情報網を舐めてもらっちゃあ困るね。これでもあのヘルシング教授の血を引いてんだぜ?ま、自分で何でも出来るシュウイチくんには関係無い話だろうけどー。じゃ、そゆことで」
くるりと踵を返し頭の脇で手を振ってみせるケビンの腕を、タナカは勢い良く掴んだ。それはもう、がっしりと。引きつりながらも、最高の笑みを浮かべて言う。
「いや、せっかく調べてくれたのに勿体ないじゃん?情報は有効に使おうよ」
それを聞いたケビンは、いやらしくにやあっと口の端を歪めて見せた。
そして、おもむろに、
「松坂牛のー、ステーキが食いたいなあ。肉汁がじゅわあっと口に広がるすっげえ柔らかいやつー。あと俺、PSP欲しかったんだよねー。それとー最近、パイソンの調子が悪くてさあ。もう一丁拳銃欲しいな、なんてー」
と、どこぞの女子高生のような口調で言い出した。
しまいには、目をキラキラと輝かせながら上目遣いでタナカを見つめる。しかしその瞳の奥は、「言うこと聞かなかったら分かってるよな、ああ?」と言う脅迫を滲ませていた。しかも、腰のコルトパイソンにはいつでも抜けるように手がかけられていた。
(殺られる……!!)
吸血鬼人生においてこれほどまでの恐怖を感じたのは、母親に悪戯が見つかった時とこの時だけだったと、後にタナカは語る。
それぐらい、タナカは生命の危機を感じていた。
この状況でタナカに出来ることはただ一つ。首を縦に振ることだけだった。
「わ、分かったよ!ステーキ食わせるし、PSPも拳銃も買ってやるよ!!他に欲しいもんあったら何でも買ってやるよー!!」
その叫びに、ケビンはコルトパイソンから手を離すと、にんまりと満面の笑みを浮かべた。
「マジ?さっすがシュウイチくん、話が分かるねー」
ばしばしと力強くタナカの肩を叩く。
「そしたら、後は何買ってもらおうかなあ」
空を見つめ妄想を始めるケビン。
マンガであれば、妄想の雲がもわわわん、とケビンの頭に浮かんでいることだろう。
タナカはそれを振り払うかのように、ケビンの頭の上を手で払った。
「早く連れてってくれよ!」
急かすタナカに、ケビンはにやりと笑うと、
「お願いしますケビン様、だろ?」
一瞬言葉に詰まったタナカだったが、
「……お願いします、ケビン……様」
と、渋々呟いた。
それを聞いたケビンは満足げに笑うと、「こっちだ」とタナカを顎で促した。
タナカは、大きなため息を一つつく。
(これじゃあ、しばらくまともな食事は出来ないなあ。しばらくはVBBのお世話、かあ。飲みたくないなあ、血)
吸血鬼の正しい(?)思考から外れたことを考えていると、前方から大きな声で名前を呼ばれる。
ケビンは苛立たしげに地面を足で蹴っている。
これ以上怒らせるとまずい、とタナカは慌ててケビンの後を追って駆け出した。


そんな二人を物陰から見つめる怪しい人影の存在に、二人は全く気づいていないのだった。






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2005年3月30日 up

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