ご:倉庫の中で踊れ






とある港のとある倉庫。
長いこと誰も使うものが無かったのであろう倉庫の中は、埃にまみれていて、変な臭いが漂っていた。
そこここに蜘蛛の巣が張っている。
ヒロシはミカをロープで縛ると、じろじろと眺めだした。
「女が弱みとは情けない奴。やっぱりへたれだな」
にやりと笑うヒロシにミカが噛み付いた。
「ちょっと、タナカさんのことそんな風に言うなんて失礼じゃないの!」
「へたれをへたれと言って何が悪い!」
「悪いに決まってるでしょ!!」
悪びれた様子も無く言うヒロシに、ミカは自由になる足で蹴りを入れた。
それは見事にヒロシの腹にヒットした。
先の丸い厚底靴で、よくもそれだけの蹴りを繰り出せたものだと、ヒロシは「うぐっ」と小さく呻きながら感心しかけ、慌てて頭を振った。
自分が舐められているという事に気づいたヒロシは、キッと、ミカを睨み付けると拳を振り上げる。
ミカはそんなヒロシの形相に怯える様子も見せない。
「女を殴るの?最低ね」
冷たい目でヒロシを睨み、そう言い放つ。
ヒロシは「うぐぐ」と呻くと、振り上げた拳を元の位置に戻した。
一度深呼吸をすると、引きつった笑みを浮かべて聞いた。
「……で、あいつのどこがそんなに良いってんだよ」
「どこ?全部に決まってるじゃないの。あの人は理想の王子様よ。やっとミカを迎えに来てくれたんだわ」
ミカは視線をどこか遠くへと投げると、瞳をキラキラと輝かせて言った。
「理想!?あのへたれが?あ、いやその」
「へたれ」に反応したミカから睨まれたヒロシは、もごもごと口を動かす。
「ミカはずっと待っていたの。ミカをこの現実から連れ出してくれる人を。しかも、タナカさんは吸血鬼。まさに理想だわ!素敵、なんて耽美なの!!ミカの美貌に魅了されたタナカさんは、夜な夜なミカの血を求めてやってくるのよ。たまらないわ!キャーっ」
一人暴走し別世界へと行きかけているミカを、ヒロシは呆然と眺めていた。
(こいつ、こんな女だったのかよ……!!)
外見の清楚な雰囲気からは想像出来ないミカの言動の数々に、ヒロシは驚きを隠せない。
しばらくタナカの魅力を早口で捲くし立てているミカの言葉を聞いていたが、途中からヒロシの頭ではその内容を理解することが出来なくなっていた。
思わず、ミカの言葉を遮ってこう呟いていた。
「つかあいつ、女苦手なんだけど」
その一言に、ミカは喋るのをやめた。キラキラと輝かせていた瞳を曇らせ、じっとヒロシを見つめる。
「え?」
「だーかーらー。あいつ、女がだめなんだよ」
「だめって?ホモってこと?」
更にミカの瞳が曇る。ヒロシの口から、次にどんな言葉が出てくるのか不安で仕方が無いと言った表情だ。
「それは聞いたことないから知らねえけど。あいつ女の近くに三十分以上いるとコウモリに変身しちまうんだよ。その代わりかどうか知らねえけど、太陽の光も十字架もニンニクも銀の銃弾も平気なんだよっ。この俺でさえ、平気なのは太陽の光とニンニクくらいだってのによ」
「どういうこと?」
尋ねられ、ヒロシはそんなことも知らないのか、と自慢げに語り始めた。
「現代の吸血鬼はいろいろと人間社会にも対応してて、体質改善?そんな感じで、大抵の奴らは太陽の光だけは平気になってんだ。なのにあの野郎は一人だけ全部弱点克服してやがる!その秘密を教えろっての!!」
喋りながら興奮してきたのか、ヒロシの声はどんどんと大きくなる。反対に、ミカは徐々に顔を俯けていく。
「後はまあ、人の血を飲むのは月に一度くれえだな。最近のガキの血はジャンクフードの食べすぎで不味過ぎて飲む気しねえんだよなー。いちいち夜な夜な人襲いに行くのも面倒くせえし。大体みんな、VBB―――吸血鬼血液銀行(バンパイアブラッドバンク)に行って、血液出してもらってっけどな。シュウイチは人の血よりもトマトジュースのが美味いとか分けわかんねえこと言ってっけど。あいつ、半年に一度くらいしか飲んでねえんじゃねえの?一度緑山支店のを飲んでみろっての!あそこのは濃厚なやつが多くてなあ。毎月30人限定で予約待ちでいっぱいなんだよ。俺も予約してっけど、次に回ってくんのは二年後か?あーくそ、思い出すだけで涎が……。って、聞いてんのお前?」
すっかり俯いてしまったミカに、ヒロシは口の端の涎を拭いながら聞いた。
これはもしかすると夢を壊してしまったのだろうかと心配になったヒロシは、ミカの顔を覗き込もうとした。
すると次の瞬間、物凄い勢いでミカは顔を上げると、先ほどよりも瞳を更に輝かせて、こう叫んだ。
「素敵!!」
「はあ?」
「十字架もニンニクも銀の銃弾も平気なんて、なんて素敵なの!女の人が苦手だってそんなの構わないわ。ミカの愛があればタナカさんも女の人が平気になるはずに決まってるもの!それにミカの血は絶対に美味しいもの!これ以上の絶世の美女が目の前にいたら、タナカさんだって血を吸わずにはいられ無いはずよ!!」
「……お前、人の話聞いてた?」
あまりにも自分に都合の良いように解釈するミカに、ヒロシは呆然とするしかなかった。
「タナカさん、早くミカをこのどうでもいい人間から助けに来てください!ミカは、ミカは!タナカさんをミカの愛で救ってあげたい!!」
更にミカの瞳の輝きが増した。
(俺、何でこんな女連れてきちまったんだろう……)
暴走し続けるミカに、ヒロシは自分の行動を後悔せずには居られなかった。




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2005年3月14日 up

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