よん:グッドモーニング・バッドモーニング






翌朝、タナカは重い足取りで学校へと向かっていた。
ヒロシに割られた部屋の窓はダンボールで塞いだものの、隙間風が入ってきてあまり眠ることが出来なかった。これが夏だったら、気持ちよく眠ることも出来たのだろうが。
寝不足になると体調が悪くなる。体調が悪くなるとちょっとしたことでも変身しやすくなってしまう。
(神様、どうか今日こそ穏やかに一日が過ぎてくれますように。何事も無く一日が過ぎてくれまうように)
無意識の内にタナカはそう祈っていた。吸血鬼が神頼みというのも、いかがなものかと思うが。
天を仰いでいたタナカがふと校門の方を見ると、そこには長い列が出来ていた。
持ち物検査である。
タナカの通う坂下高校は、歴史の古い名門の男子校で、今でも週に一度は抜き打ちで持ち物検査を行う厳格な学校であった。
(しまった……!!)
タナカは慌てて踵を返した。と、何か柔らかいものにぶつかった。
「いたた」
そのぶつかった何かは、呟きながら鼻のあたりをさすっていた。
「うわああ。ごめんなさい!」
思わずタナカは頭を下げる。下げながら、どこかで聞いた声だな、と思った。
「何だか、タナカさんとは変な会い方ばかりですね」
頭上から聞こえてきた声に、タナカは恐る恐る顔を上げた。
目の前にいたのは、昨日の少女だった。
眉の上で丁寧に切り揃えられた前髪。腰まである黒髪。そして、黒一色で統一されたワンピースにはレースがふんだんにあしらわれている。スカートはふわりと大きく膨らんでいた。
こんな服装をテレビで見たな、とタナカは思った。
(ゴシック……ロリータだったっけ?)
呆然と少女を眺めるタナカに、少女はにっこりと微笑すると、
「忘れ物ですよ」
と、タナカに鞄を差し出した。
「あ、あ、どうもわざわざありがとうございました」
丁寧に頭を下げるタナカに、少女はくすくすと笑い出す。
「タナカさんって丁寧なんですね」
「あの、昨日もありがとうございました。オレ、慌しく帰っちゃって」
再び頭を下げるタナカに、少女は可愛らしく小首を傾げると言った。
「気になさらないで下さい。私、もう一度タナカさんにお会いしたくて。今日は学校サボっちゃいました」
「え?」
タナカが問い返すと、少女はうっすらと頬を桜色に染めた。
「あ、自己紹介がまだでしたね。私は、ミカです。エンドウ ミカ」
そう言った次の瞬間、少女―――ミカの姿はタナカの前から忽然と消えていた。
驚くタナカの耳に、頭上から声がする。
近所の民家の塀の上に、ミカを担いだヒロシの姿があった。
「この女はオレが貰った!返して欲しくば港の倉庫までくるんだな!はーっはっは!!」
ヒロシは高笑いを残してその場から去っていった。
大声で叫ぶだけ叫んで去るとは、近所迷惑も甚だしい奴である。
慌てて駆け出そうとするタナカ。しかし、その腕を掴む者があった。
「タナカくん。持ち物検査をサボってどこに行く気でしょうか?まさか、不純異性交遊ではないでしょうね!?」
振り返ると、驚愕に震えた風紀委員長がそこにはいた。落ち着きなくメガネを人差し指で二度三度と上げている。
どこか神経質そうな感じのする青年である。
焦るタナカをよそに、委員長は淡々と持ち物検査及び服装検査を始めた。
「学校指定鞄では無い。ホックをきちんと止めていない。検査逃亡未遂。ふむ。タナカくんには珍しい失態ですね。減点15っと。さ、授業が始まりますよ」
委員長は持っていた名簿にチェックを入れると、にっこりと笑みを浮かべた。しかし、メガネの奥の瞳は笑っていない。
これが噂の生徒殺しの安東か、とタナカはずるずると引っ張られていきながらしみじみと思った。
しみじみしている場合ではないのに。
目の前ではミカがヒロシに連れ去られたというのに!
一体どうする、タナカシュウイチ!?




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2005年2月25日 up

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