花の水鉄砲





――もしも、これが玩具だったのなら。

あの頃は、そればかりを考えていた。
そればかりを願っていた。
そればかりを、祈っていた。



あの時どうして「それ」を手にしたのか、理由なんて今となっては思い出せない。
そもそも、理由なんてあったのだろうか。
ただ、そこに「それ」があったから。
衝動と本能。それとも欲求?
理由なんて、あるようで無かった。
考えたって意味が無い。きっと、その程度のもの。
それでも、「それ」を手にするまでは、私だけはそうでないと、そうなるわけがないと思っていた。
底辺の街で、自分はそうはならないなんて、そんなことを思えるくらいに私は純粋だった。幼かった。子どもだった。
それとも、自分もそうなるであろうということを理解出来ないくらいに、馬鹿だったのかもしれない。
暗く、光の当たらないあの街で、茎を真っ直ぐに伸ばした綺麗な花が咲くわけはないのに。
自分は大輪の花になれるのだと、そんなことを馬鹿みたいに夢見ていた。
薄汚れた街で、そこを抜け出そうとせずに溶け込んでいこうとしている人間を、まるで汚いものでも見るようにしていた。
ここを抜け出そうとしている自分が、何より綺麗なものであると思っていた。尊いものであると。自分は彼らとは違うのだと。
同じなのに。何も変わりはしないのに。
むしろ、彼ら以上に私の方がこの街には似合いだったのだ。


今でも忘れてはいない。
初めて引鉄を引いた時のことを。
冷たく響いた、あの音を。
その音に、体の芯から震えたことを。
血溜りの赤を、美しいと思ったことを。


「……サラ?」
その声に、私は手放しかけていた意識を取り戻した。
同時に、掌の中に冷たく硬い鉄の重みが戻ってくる。
「何?」
私はゆっくりと問い返した。
彼は、紫煙を吐き出すと苦笑を浮かべた。
「おいおい、これからって時にやめてくれよ?」
「ごめん。悪い癖ね」
「分かっていれば、いいさ」
そう言うと、彼は吸いかけの煙草を放り投げた。
それは、合図。
仕事に取り掛かるための。
目の前の扉を蹴破り、引鉄を引くための。
その音を想像するだけで、私の体は悦びに震える。


今ではもう、考えてはいない。
願ってはいない。祈ってはいない。
これが、玩具であれば良いなんて。



私は、鉄の塊を握り直した。
その冷たさが、心地良い。

「さあ、幕の開く時間だわ」


<了>




お題:花の水鉄砲/くるり
最近読んだものの影響が強く出ているような気がします(汗)
煙草と拳銃。
意味深な会話。
たまにそんなものに、強く惹かれます。
自分では描ききれない世界観。

2006年5月22日 up
素材:「水没少女」様





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