黒い扉
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目の前にあるのは、いつも通りの我が家の玄関……のはずだった。 黒い扉に貼られた一枚の紙。 書かれている文章に俺は目を丸くした。 「次の問題を解けない者は、この家に立ち入るべからず」 うちの家族は一体何を考えているのか。 呆れ果てて溜息を一つつく。 前々からどっか変わってるとは思ってたけど、こんなことをやるとは。 無視してドアノブに手をかけるが、開かない。 おいおい、本気かよ。 苦笑を浮かべながらもジャケットのポケットを探る。 確か出かける時に鍵を……。 そこで、俺の手はぴたりと止まった。 鍵は持っている。持っているが、それは一人暮らしをしているアパートのもので、目の前の扉を開けるものではない。 右手で、がちゃがちゃと大きな音を立ててドアノブを回す。 返事が無い。 今度は、左手で扉を叩く。 反応が無い。 右手でドアノブを回しながら左手で扉を叩き、右足では扉の下の部分を蹴りつける。 「いるんだろ?開けてくれよ!!」 声を張り上げても、誰かが出てくる気配は無い。 俺は扉の前にしゃがみ込んだ。 「マジ、ですか……?」 話があるというから久しぶりに実家に帰ってみれば、この仕打ちですか。そうですか。あーくそっ。 そこで俺は、基本的なことに気がついた。もしかしたら、今我が家には誰もいないのではないか、と。 道路から垣根を覗き込むと、居間に明かりがついているのが見えた。 テレビの音も漏れ聞こえてくる。 ……いるんじゃねえかよっ。 再び玄関に戻り、扉を叩こうとした時だ。 扉の脇にある窓が薄く開かれた。 母親が半分だけ顔を覗かせる。 「何だよ。いるなら早く開けてくれよ」 苛立ちながらそう言うと、母親は笑顔を浮かべて言った。 「その問題を解けない人は家には入れられないの。さあ、早く解きなさい」 「ちょっ。母さん!?」 伸ばした手も虚しく、ぴしゃりと冷たい音を立てて窓は閉められてしまった。 家の中に人はいるが、扉は開かない。扉が開かないということは、俺はこの寒い中延々と外にいなければならない。扉を開けるためにはこの問題を解かなければいけない。 結局は家族の阿呆な行動に付き合わなければならない、とこういうわけか。 俺はがしがしと頭を掻くと立ち上がり、もう一度白い紙に目を落とした。 「次の問題を解けない者は、この家に立ち入るべからず」 もう一度よく見るが、俺の願いも虚しく、文面が変わっているということは無かった。 更に下に目を落とす。 そこには、 「問題。ある惑星の上で石を投げたとする。石はしばらくの間空中を飛び、停止し、それから逆の方向に飛んで、再びあなたの手元に戻ってきた。さて、この惑星はどこか?」 とあった。 思わず口をついて出たのは、 「……知らねえよ」 という一言だった。 どこで石を投げようと、それがまた俺の手元に戻ってこようと、知るかっての! 「……月、じゃねえよなあ。月だったら重力が何分の一かになるから。飛んでっちまうのか?」 俺はぶつぶつと呟きながら、懸命に無い知恵を絞った。 水金地火木土天海冥、水金地火木土天海冥、と頭の中にぐるぐるとそれが回る。 太陽……は、惑星じゃないから関係無い。 思わずまた扉の前にしゃがみ込む。頭をがしがしと掻くが、それで答えが出てくるわけでもない。 ポケットから煙草とライターを取り出した。 一先ず、一服。一服だ。 火を点けようとして、ふと気がついた。 ライターを上に向かって放り投げる。 落下してきたライターをキャッチする。 もう一度、放り投げる。 落下。キャッチ。 あれ……? 俺は慌てて立ち上がった。 インターホンに向かって、緊張しながらも口を開いた。 「答えは、地球?」 すると、かちり、と鍵の開く音がした。恐る恐るドアノブに手を回すと、開いた。 何か変な仕掛けはないだろうな、と玄関から顔だけを覗かせ周囲を見回す。 何も無いようだ。 一安心して玄関に入った。 自分の家に入るのに、何でこんなに苦労しなきゃならないんだよ。 「……ただいま。入るよ……?」 居るであろう母親に向かって投げかけるが、返事が無い。 廊下の電気は点けられておらず、居間へと続くガラス戸から灯りが漏れている。 先ほど漏れ聞こえていたテレビの音も、今は聞こえてこない。 俺はまた深く溜息をついた。 まだ何か続くってのか……? 居間の扉の前に立った俺は、愕然とした。 そこには、玄関と同じように白い紙が貼られ、こう書いてあったからだ。 「次の問題を解けない者は、この部屋に立ち入るべからず。 問題。素数というのは、それ以外と1でしか割り切れない数のことである。987654321が素数でないことを証明せよ」 知るかよ……!! 素数なんて、もう覚えちゃいねえっての! 俺は自分の拳が怒りのあまりに震え出すのを感じた。 「いるんだろ、開けろよ」 怒りを抑えながら何とかそう言うと、ガラス戸の向こうに父親が現れた。 何だよ、開けてくれるのかよ。さすがは親父だな。殴ろうかとも思ってたけど、ここは親父に免じて許してやるか。 なんて、そう思ったのが甘かった。 「いいか。この問題を解けないようじゃあ、この部屋に入れることは出来ん。ほら、さっさと解きなさい」 その言葉に、それまで耐えていた俺の中の何かがぷちんと音を立てて切れた。 「っざけんな!!話があるってのは最初っから嘘だったんだな!?息子で遊ぶのもいい加減にしろよ!!俺はもう帰る!!」 怒りに任せ、どたどたと大きく足音を立てながら玄関に向かった俺の目の前に飛び込んできたのは、またもや白い紙。 「次の問題を解けない者は、この家から出るべからず。 問題。車のタイヤがパンクしてタイヤ交換をしなければならなくなったた。一つのタイヤには四つのナットが使われている。四つのナットを外して地面に置きスペアタイヤと交換しようとしている時、リスがナットを四つとも持ち去ってしまった。最寄の修理屋まで車を安全に運んで行く最善の方法は何か?」 俺の方がパンクするっての!! ドアノブに手をかけようとして、ご丁寧にも鍵がダイヤル式のものに交換されていることに気がついた。 普通。普通っ、息子を騙すのにここまで手の込んだことするか!?しないだろ!? 居間からは、父親と母親の楽しそうな声が聞こえてくる。 「その問題が解けたら、ダイヤルの数字を教えてやるぞー」 「尚くんファイト!お母さん、尚くんなら出来るって信じてるから」 何が信じてるからだ。珍しく真剣な声で電話して「話があるから」なんて言われるから心配して来てみればこれかよ。 今度何かあっても絶対帰ってきてやるもんか。俺の貴重な休日を返してくれっ。 駄目だ。一発殴ってやらなきゃ気がすまねえ……!! 俺は居間の扉の前に戻ると、中にいるであろう両親に向かって叫んだ。 「意地でも、この問題解いてやるからな!!」 <了> *問題引用:「ガードナーの数学パズル スフィンクスの謎」/黒田耕嗣/丸善お題:黒い扉/くるり 尚くん、幼い頃から換算すると、からかわれるの何回目になるか分かりません。段々と手が込んでいく両親に対抗する術はあるのか!? ちなみに、ご両親は一人息子が家を出てしまったので、寂しくて仕方がない模様です(笑) お題になった曲からは想像できないくらい阿呆な話となりました。楽しんでいただけましたら幸いです。 実はこの玄関に問題の紙を貼る、というのは、私が兄に試そうとしてやめたことだったりします。兄だと多分気づかないでスルーするだろうと思って。いつか家族の誰かにやろうと目論んでますが。 ちなみに、作中に出てくる数学パズルですが、私は問題を見た瞬間から回答を出すことを放棄しました(汗) 2004年11月18日 日誌にup
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