雪
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函館の雪景色は日野の雪景色とは全く違う、と歳三は思った。 函館の方が北に位置するのだから当たり前のことなのだが、積雪量も気温も全く違っている。 こんなに降り積もる雪を目の当たりにしたのは初めてだった。 日野の雪は、ただ降り積もるだけである。それに対して函館の雪は、全てのものを守るために降るように見える。 厳しい冬から守るために大地を包み込み、眠りにつかせる。歳三にはそう見えた。 純白に輝くこの景色は、仏から、自然の厳しい北の大地で生活する人々に与えられた慈悲のようではないか。 この土地に眠るのならば、どんな人間であろうと、どんな罪を持った者であろうと浄化されるのではないだろうか。 歳三は、降り積もった雪の上に倒れこんだ。仰向けになり、灰色の空を見上げる。雪の塊が、無数に空から落ちてくる。 そうして、歳三の上に降り積もる。降ってくる雪は冷たいが、体の下にある雪は暖かかった。 歳三はゆっくりと瞼を閉じると、雪の降り積もる音に耳を澄ました。 「―――長!隊長!!」 耳元で誰かの声が聞こえ、歳三はうるさげに顔の前で手を払った。 「隊長!隊長!!」 今度は体まで揺さぶってくる。 「うるせえな」 歳三は不機嫌な声をあげると、目を開けた。 そこには、泣きそうな顔をした鉄之助がいた。 「どうした、鉄之助。男がそうむやみに泣くもんじゃねえ」 「泣いてなんかいません!」 「ほお。それじゃあ何か、それは雪か」 歳三は起き上がると、鉄之助の目尻を拭った。すると、鉄之助は慌てて顔をごしごしと擦る。 寒さで赤らんでいた顔が、ますます赤くなる。 歳三はそんな様子を横目で見ながら、自分の倒れていたところを見つめた。 そこだけが歳三の重みで押しつぶされ、白一色の世界を壊しているような気がした。この白銀の世界に歳三が溶け込むことを、拒んでいるかのようにも見えた。 「隊長、こんなところで寝ていたら死んでしまいますよ」 怒気を含んだ鉄之助の言葉に、歳三はきっぱりと答えた。 「死にゃあしねえよ」 歳三は、その後に続く言葉を飲み込んだ。心の中で呟く。 死にはしない、まだ―――。 「こんな寒いところにいたら死ぬに決まっているじゃないですか!馬鹿なことをするのはやめてください!沖田先生がいらっしゃったら何と言われるか!!」 鉄之助は歳三を睨み付けて怒鳴る。その姿がなぜだかおかしくて、歳三は懸命に笑いを堪えていた。 「鉄之助、先に戻って風呂の用意をしていてくれないか」 「分かりました。……すぐに、戻ってきてくださいよ。このままここにいたら、ほんっっとうに!凍え死にますからね!!」 鉄之助は、念を押すと駆け出して行った。 その後姿を眺めながら、歳三は一人ごちる。 「総司なら、一緒に横になるさ」 『土方さん、そんなところに倒れていたら、死んでしまいますよ?ああ、でもおもしろそうですね。それでは私も』 そう言って隣に倒れこむ総司の姿が、鮮やかに目に浮かぶ。 『気持ちいいですね、土方さん』 ここに積もっている雪のように真っ白な笑顔を浮かべて、そう言うだろう。 「なあ総司。この真っ白い雪を俺の血で真紅に染め替えたら、さぞかし綺麗だろうな」 歳三はそう呟くと、その場を後にした。 歳三の体の跡も足跡も、雪が全てを覆い隠した。 歳三がこの地で永遠の眠りにつくのは、それから数ヵ月後のことである。 <了> |
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