チョコレート日和。






甘いお菓子をあげましょう。
茶色いハートに思いっきり愛を詰め込んで。
愛しい人に、甘いお菓子を。


なんて、ポエマー気取っている場合じゃない。
2月14日、バレンタインデーまでは残すところあと数時間。
なのに、なのに。
なんであたしはまだチョコレートを完成させてないのっっ!!
これというのも、そう。
目の前に立ちはだかるこいつのせいだ。
こいつが邪魔さえしなければ!
「ふふ、甘いわねカズイ。そんな泡立て器捌きで私に勝てると思っていて!?」
生クリームのたっぷりとついた泡立て器を優雅に構えて、こいつ―――鞠小路チヨコは言った。
「つか鞠小路さあ、あんたなんで家にいるわけ?勝負は直接、金本くんの前で、って連休前に言ったのあんただよ?」
すると、鞠小路は生クリームのついた手を顔の脇に持っていくと、それはそれは大きな声で笑った。
「ほーっほっほっほ!笑わせるわね、カズイ。勝負の前にあらかじめ敵の出鼻を挫いておく。鞠小路家家訓の一つですわ。知らないなんて、あなたもぐりね」
びしっとこちらに向かって指を突き立てるが、知らないものは知らない。もぐりも何も、あたしは鞠小路家の人間でもなんでもないんだから。
「びしっと決めてるとこ悪いんですけど、あんたほっぺに生クリームつけてるよ」
ため息まじりにそう指摘すると、鞠小路は慌ててほっぺたに手を持っていった。
「あら、いやですわ私としたことが。お恥ずかしい」
さすがに「テヘ☆」とは言わなかったが、言い出しそうなその仕草にあたしは背筋が寒くなるのを感じた。
誰か、こいつを何とかしてくれ……!!
どうしてこんな時に限って有給とってハワイになんて行っちゃってるんですか、お父様お母様。今、娘は人生最大のピンチに立たされております。
いや、まあバレンタインデーがあるから行かないって言ったのはあたしだけど。あたしなんだけど……!
「帰ってよ、鞠小路ー。あんたのせいで全然チョコが作れないよ」
「帰って欲しいのでしたら、私を倒すことね。さあ、かかってきなさいカズイ」
「だから何で倒すとかそういう話になるのかね」
やれやれとため息をついた私の頭上に、「はあっ!」という掛け声とともに鞠小路の泡立て器が振り下ろされそうになった。
あたしは慌てて持っていたゴムベラで応戦した。
泡立て器は、ギリギリのところであたしの頭を勝ち割りはしなかった。というか、泡立て器で頭は勝ち割れませんが。
「さすが、やりますわね」
にっと笑う鞠小路。あたしもそれに笑い返す……わけがない。
「だから、そういうことはやめろとさっきから言ってるでしょー!?」
「やめろと言われてやめられるのでしたら、とうの昔にやめてますわよ!」
そう言うと、鞠小路は素早く泡立て器で突きを繰り出してくる。
あたしはボウルに入ったチョコレートをこぼさないようにしながら、何とかそれを避けた。
いやもう本当、いい加減やめてください鞠小路さん。
「かかっていらっしゃいと言っているでしょう?」
全く反撃しないあたしに痺れを切らしたのか、鞠小路は標的をボウルに移した。
「あんた……結構いやらしいわね」
「勝つためだったら何でもするのが鞠小路家の人間ですわ」
繰り出される突き。
ゴムベラでそれを弾く。
「これだけは。これだけは何としてでも守り抜くっ。あたしがこれを湯煎するのにどんだけ苦労したと思ってんだーー!」
「そうはさせなくてよ!」
逃げるあたしと、それを追う鞠小路。泡立て器についた生クリームとゴムベラについたチョコレートが、台所のあちこちに飛び散っている。これは掃除が大変そうだ。
何て、勝負中に気をそらしたのがいけなかった。
抱えていたボウルを、鞠小路が下から突き上げたのだ。
油断していたために、ボウルは勢い良く飛び上がる。
そこから先は、まるでスローモーションを見ているかのようだった。
天井に届くほどに飛び上がったボウル。それが一回回転する事に、チョコレートが飛び散る。
一回、二回、三回。
そこでボウルは口の部分を下にして落下し始めた。
布のように広がりながら落下していくチョコレート。
ああ、これを湯煎するのにどれだけ時間がかかったことだろう。
べちょっ、ごとん
その音が聞こえた時には、何もかもがもう遅かった。
あたしが苦労して苦労して苦労して苦労して苦労して苦労して……!!湯煎したチョコレートは床の肥やしと成り果てていた。
ああ、神様どうしてこんなことに。
あたしはただ、金本くんにチョコレートをあげたかっただけだったのに。
がっくりと項垂れて、あたしは床にしゃがみ込んだ。
可哀相なチョコレート。可哀相なあたし。
これというのも、悪いのは全て、そう……!!
すくっと立ち上がったあたしに、何らかの気配を感じたのか、鞠小路はおどおどとしながら、
「ご、ごめんなさいねカズイさん。私そんなつもりじゃなかったのよ?ね?こんな遅くまでお邪魔して申し訳なかったわ。私そろそろお暇させていただこうかしら、なんて……」
エプロンに手をかけて、帰ろうとする。
あたしはその腕をがしっと掴んだ。
「ふふふ、帰さなくてよ鞠小路さん」
満面の笑みを浮かべて言うあたしに、鞠小路の動きが止まる。
「あんたにこのゴムベラを止めることが出来る!?」
あたしは空を裂くように、勢い良くゴムベラを振り上げた。
「ほ、ほほほ!この私に敵うと思っていて、カズイ!?やはりこうでないといけませんわ!!」
鞠小路は再び泡立て器を手に取ると、それでゴムベラを受け止めた。
「っちい。やるわね。しかしチョコレートの恨み、晴らさせてもらう!!」
「よろしくてよ!!」
振り上げたゴムベラと泡立て器がぶつかり合う。
飛び散る生クリームとチョコレート。
そう。忘れていた。
ここは戦場。
台所という名の、戦場なのだ。



バレンタインデイまであと数時間。
乙女たちの戦いは、今まさに絶頂を迎えていた。


<了>




珍しくもバレンタインネタを一本。日誌を書いていたら思いついたので、書いてみました。合わせて日誌もお楽しみください(笑)
結局二人は金本くんにチョコレートを渡せたんでしょうか。このままだと無理な気がするなあ。
書きながら、何か鞠小路さんが「ら●ま」の黒バラ●小太刀みたいだなあと思ったり思わなかったり。
チョコレートを作るのって、本当大変だなあ。私は一回二回作っただけで、面倒でやめてしまいました。市販が一番!(笑)
というわけで、ハッピーバレンタイーン!

2005年2月14日 up
素材:「LittleEden」



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