月を走る





眠れない夜はいつも一緒だった。
二人乗りの自転車。
わざと後ろ向きに座って。
背中で体温を感じているのが好きだった。
懸命に自転車を漕ぐ背中がたくましかった。



「ねえ、手を伸ばしたら月まで手が届きそうじゃない?」
夜空に浮かぶ月。
二人乗りの自転車の後ろで手を伸ばしてみる。
「えー?何急にロマンチストみたいなこと言ってんの?」
暑い所為もあってか、ちょっと不機嫌そうに答えた。
最後の“の”に力を込めて。ついでに自転車を漕ぐ足にも力を入れた。
一瞬、加速する。
夏の風が通り過ぎていく。
「今日は満月?」
「……違う。昨日が満月。今日は十六夜」
「何だ。じゃあ昨日出掛ければ良かったね」
「昨日は曇りだっただろ」
「ああそっか。ねえ、満月の前は何?」
「十三夜」
「その前は?」
「前、教えただろ?」
「そうだっけ?」
覚えが無くてそう答えると、聞こえてきたのは溜息。
「最初は新月。次が三日月。上弦の月」
独特のリズムに乗って喋りだす。
「十三夜。満月。十六夜。立待月。居待月」
喋る声と同じに、自転車をこぐ足もリズミカルになる。


通り過ぎていく風景。
風。
月。
星。
空。


「下弦の月。また三日月に戻って、最後は晦」
「たまには代わろうか?」
喋りながら漕ぐのが辛そうだったから、言い終わるのを待って即座に聞いた。
「それより、聞いてた?」
返ってきたのは不機嫌な声。
話題を振っておいて、自分に喋らせておいて。
きっとそう思ってるんだ。
「聞いてた聞いてた」
「じゃあ言ってみな」
「えーと、最初が新月で、三日月、上弦の月、十三夜」
指折り数える。
今度は私の声に合わせて、自転車をこぐ足がリズムを取る。
「満月、十六夜、立待月、居待月、下弦の月」
追いかけてくる月。
走る。走る。
月から逃げるように。
「また戻って三日月。で、最後が晦!ね、聞いてたでしょ?」
自信満々にそう笑顔を浮かべると、ちらっとこっちを向いて口の端を上げた。
素直に笑ってよね。
「はいはい、偉い偉い」
適当に相槌を打つ。
片手を伸ばして、小さな子にするみたいに頭を軽く二回叩いた。
ちょっとよろけた。
「危ないなあっ」
文句を言いながらも、嬉しくて顔が綻んだ。



眠れない夜はいつも一緒だった。
二人乗りの自転車。
わざと後ろを振り向かないようにして。
背中で体温を感じているのが好きだった。
他愛無い事を喋る声が心地よかった。
気づいてないだろうけど、喋る声に合わせて自転車を漕いでいた。
独特のリズム。
心地よいリズム。
通り過ぎていく風景が一人の時よりも何倍も綺麗に見えていた。
漕ぐ足に力を込める。
追いかけてくる月から逃げるように。


走る。


<了>





web拍手御礼第一弾。
ウェブ拍手を押していただいた御礼に粗品としてアップしておりました作品です。
季節ごとに変更できたらいいなあ、なんて野望を抱きながらの第一弾でございました。ここにアップしてあるということは、無事第二弾の完成ということで、ほっと一息。
櫻木にしては珍しく少女の一人称。個人的には砂を吐くかと(笑)ちなみにどうでもいい設定として、「彼」は眼鏡というのがあります(本当にどうでもいいな)

月の呼称に関してはこちらのサイトを参考にさせていただきましたm(__)m
「The Moon」   http://contest.thinkquest.jp/tqj2002/50388/top-r.htm


素材:「Rain Rain」様




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