クリスタル〜紅の歌姫〜 2





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オメガが扉を開けると、そこには見張りの人間が立っていた。
まさか扉が開けられると思っていなかった彼は、驚きのあまりに目を見開く。
しかし、そこに隙が生じた。
見張りよりも、シグマの動きの方が早かった。素早く見張りの首を押さえつけると、腰に刺していた剣を奪い取る。
「俺の剣はどこにある?」
見張りを睨みつけながら、ドスの聞いた声で訊ねる。
見張りは、ただ首を振る。
「知らないとは言わせない」
見張りは何も答えなかった。代わりに、視線を階下へと彷徨わせた。
「下、みたいだよ」
オメガは親指で階下を示す。シグマは、見張りに笑みを向けると、そのまま鳩尾に一発食らわせた。
小さく呻き声を上げ倒れ伏す見張りをその場に残し、二人は階下へと向かった。

「どの辺にあると思う?」
「こういうのはボスの身近ってのが定石だろう?」
オメガの問いにシグマは不敵に笑ってみせた。どうやら、愛用の剣を奪われたことがよっぽど頭にきていたらしい。そんな素振は微塵も見せていなかったが。
「んで、ボスは奥の間に兵士に守られて隠れてるってのも、定石だよね」
オメガは溜息とともにその一言を吐き出した。
目の前の長く広い廊下には、見張りがぞろぞろと出てきている。
ざっと見て2、30人はいるだろう。これだけの人数を収容していたとなると、中々に大きな屋敷なのだろう。そして、その後方には豪奢な作りの大きな扉。
「ご親切なことで」
二人は一瞬視線を交わらせた。互いに頷く。
そして、一気にシグマが駆け出した。

「水の精霊よ!汝の……あー、面倒くせえ!シグマを守れ!!」

オメガが素早くそう唱えると、駆け出したシグマを青い光の球体が追った。シグマに追いつくと、一瞬眩い光を放った後に消えた。
シグマは剣を鞘から抜き出すと、次々と見張りの人間に切りかかっていく。
剣先が光る。金の髪が翻り、まるで舞っているかのように見える。
襲い掛かってくる人間を華麗に交わしていく。
シグマには敵わないと悟った人間がのうち何人かがオメガの方を振り返った。
線の細い、見るからに弱そうな人物。
そう思ったのか、にやりと笑うと、オメガ目掛けて駆けてきた。
その様を見たオメガは、笑った。

「風の精霊よ!汝の主が命じる!!愚か者を切り裂け!!」

小さな竜巻が起こり、見張りの男たち目掛けていく。
風が通り過ぎた後、男たちは何が起こったかと訝しげな顔をした。だが次の瞬間、その顔は苦悶の表情に支配された。
刃物で切ったかのように、皮膚がぱっくりと裂け、そこから血が溢れ出す。
呻き声を上げ、その場に倒れ伏す者もいる。
どうやら今の風で大半の人間は負傷し、動くことが叶わないようだ。
オメガはシグマの元へと、その間を駆けていった。
その間に、シグマは残りを片付け終わっていた。
だが、どの人間も致命傷と言うほどではない。
「他人の剣は扱いづらい」
そう憮然として言うと、シグマは剣を鞘に収めた。

「さて、と。どうやら死者も混じっていたみたいだね」
扉の前には、まるでそこを守るかのように男が微動だにせず立っていた。
青白い肌に、光を失くした瞳。―――甦りし者。
「随分と厳重だな」
シグマは、剣を構える。オメガは邪魔にならないように後方へ退いた。
甦りし者に魔法はほとんど効かないのだ。じっと、タイミングを待つ。
倒す方法は、2つしかない。
シグマが先に動いた。剣を振り上げる。だが、それを男が一方の腕で受け止めた。
肉を絶つ感触。だが、血は流れない。
「ちっ」
小さく舌打ちすると、シグマは一度引いた。
屈強な身体から察するに、男は格闘家だったのだろうか。特に武器を持っているようには見えない。
だが、迂闊に掛かっていけばいくら水の精霊に守護されているとはいえ、負傷することは免れない。
この後の一戦を思うと、余計な怪我はしたくなかった。
じりじりと間合いを詰める。
速さは互角か?
突き出される拳。シグマはそれを素早く避けた。
だが、肩のあたりに鋭い痛みを感じた。
服が裂け、そこから一筋血が流れ出している。
今ほど、シグマは自分が剣を奪われたことを後悔したことはない。
勝てる自信は、ある。
だがそれは他人の剣では無理なのだ。
この剣がそれに耐えられるか。賭けるしかない。
シグマは剣を構えなおした。
それは、合図だった。
オメガは素早くそれを口にした。

「土の精霊よ!剣の糧となれ!!」

すると、シグマが手にしていた剣に重さが増した。
硬度は十分にある。迷っている暇はない。
シグマは再び男に切りかかった。受け止められると思った男は、右腕を突き出す。
だが、男の腕は叩き切られた。ごとん、と鈍い音を立てて男の腕が落ちた。
そして―――。
シグマは、男の首を切り裂いた。
転がり落ちる頭。
男の身体は、砂となり、床へと崩れ落ちていった。
甦りし者は、死の法則に反している。だからこそ、肉体が残ることはない。骨さえも、残らないのだ。
からん、と音を立てて、魔法に耐えられなかった剣が折れた。
「もってくれた方だな」
「まあ、そんなもんじゃない?シグの剣は特別だからね」
「さて、と。それじゃあ、取り返しに行くとするか、愛剣を」
二人はアルゼが待つであろう部屋の扉を、ゆっくりと押し開いた。




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扉の先には、悠然と椅子に腰掛けたアルゼがいた。
そして、その傍らには剣を抱いたデルタの姿があった。
「ようこそ。ここまでいらっしゃるとは思ってもいませんでしたよ」
アルゼは口の端を吊り上げて笑った。
「来ないと思っているなら、扉の前にあんなにたくさんの人間を置いておかないんじゃねえの?」
「俺の剣を返してもらおうか」
「返してしまえば確実に私は負けてしまいますので、返すわけには参りません。ただし、デルタから奪い取るというなら話は別。どうぞ、彼女と戦ってください」
アルゼは優雅にデルタを指し示した。
「あんたと戦いたいんだよね、俺たちは」
「それはやはり、デルタを倒してから、というものでしょう?」
「ボスは高みの見物、か。ここまで定石通りだと面白くも何とも無いな」
「さあ、デルタ。お前もクリスタルの継承者の内の一人。戦う相手に不満はないだろう。行きなさい」
デルタは、前に進み出るとシグマの剣を構えた。
前に出ようとしたシグマを手で制して、オメガが進み出る。
「デルタ。その剣はあんたには扱えない。それは、シグのものだから」
そう、オメガが告げるが、デルタは反応を示さない。
仕方なく、オメガはマントの中から短刀を取り出し、構える。

デルタが動いた。
叫びながら、剣を振り上げる。その声は空気を揺らし、小さな衝撃となってオメガを襲う。
避けることがかなわず、オメガはその衝撃に吹き飛ばされた。
「っく」
素早く立ち上がり、再度短刀を構える。
そして、間髪入れずにデルタに向かって突進していく。
デルタの叫び。衝撃。
それを屈んで避けた。デルタの方が身長は高い。
懐に飛び込む。
至近距離。

「風の精霊よ!」

小さく呪文を唱えると、強い衝撃波がデルタを襲った。
吹き飛ばされたデルタは、壁に叩きつけられる。
その衝撃に、デルタの手から剣が落ちた。
瞬間、シグマが駆けた。

落ちた剣。

デルタの身体がぴくりと動く。

目が開かれる。

視線を彷徨わせ、剣を見る。

伸ばされる腕。

―――だが。
シグマの方が早かった。
シグマは素早く剣を拾い上げると、その剣先をデルタの首筋にあてた。
デルタを見つめる。
光のない瞳。
意思の無い、操り人形。
けれど。
「シグ!」
オメガの声に、シグマは剣先を離した。
「俺が…。デルタの最期は、俺が」
悲痛な面持ちで、オメガはシグマから剣を受け取る。
その刃を、デルタの首を切るために振りかざした。
その時だ。

「歌え!呪いの歌を!!歌え、デルタ!!お前が負けることは許されない!」

それまで悠然と座っていたアルゼが、立ち上がり叫んだ。
「何故歌わない!?何のためにお前を甦らせたと思っているんだ!不吉の象徴とされたお前を!!わざわざ、この私が!!全てはクリスタルのためだ!お前の存在はそんな価値しかないんだ!歌え!歌わないか!!歌え!!!」
狂ったように、アルゼは叫ぶ。
髪を振り乱し、苛立たしげに片眼鏡を床に叩きつける。
オメガは、それを聞いて剣を壁へと振り下ろした。
怒りに任せて。
硬い音を響かせて剣は床へと落ちた。
オメガはアルゼを睨みつけた。
「立て!歌え!!デルタ、お前は私の駒だ。そうだろう?私の役に立たないか!」
その言葉に、デルタは立ち上がる。
勝ち誇ったような、アルゼの笑み。
シグマは、一歩退き剣を構えた。
デルタは、ゆっくりと口を開く。
だが―――。

それは、呪いの歌では無かった。


星の囁き 月の歌

天空に響く子守唄

歌う子には 草原の風

祈る子には 流れ星

眠る子には 大地の接吻

さあおやすみ 瞳を閉じて

さあおやすみ 明日も幸福の風が吹くように


夢の中で、デルタが歌っていた歌。
どこか懐かしい旋律。
それは、部屋中に響き渡った。
歌い終えたデルタは、二人に向かい微笑んだ。
それはまるで聖母のような微笑。
けれど、その笑みは次の瞬間、崩れ落ちていった。

「デルタ……?」

身体に触れようと手を伸ばすが、そこにはもうデルタの身体はない。
全て、砂となり床へと崩れ落ちたのだ。
「裏切ったからだ!裏切らなければまだこの世に存在できたものを!!馬鹿な女だ。クリスタルのためにしか存在していなかったが、これでセカンドクリスタルは私のものだ!!」
アルゼは笑った。大声で。
デルタが残した歌の余韻を消し去るかのように。
「馬鹿は、お前だろう?」
押し殺した声でシグマは言う。
剣先は、アルゼへと向かっている。
「あんた、あんた何様だよ!?クリスタルのため!?デルタは、そんなもののために存在してたんじゃない!!」
強く拳を握り締めながらオメガは叫んだ。
「何を言う?クリスタルこそ全てだ!クリスタルによって世界は一つになる!そして、クリスタルを集めた私はその世界の支配者となる!!人なんて、そのための駒に過ぎない!!」
「世界が一つに?あんたが支配者になれる?そんなこと、本気で信じてんのか。おめでたいね、あんたは。クリスタルのために人が存在するというのなら、一つになった世界の支配者はクリスタルだろ?違うか?」
「何を言っている?それではまるでクリスタルに意思があるみたいではないか!」
アルゼは鼻で笑った。
「意思が無いと、何故言える?世界を一つにさせるほどの力を持っているものだ。意思を持っていたとしても、おかしくはないだろう?」
そういうオメガの目に、アルゼは圧倒された。
動くことが出来ない。言葉が出てこない。
「あんたは、勝手にデルタの価値を決めた。なら、こちらも勝手にあんたの価値を決めていいはずだ。あんたに、生きている価値はない」
そう告げた声は低く、冷たく、いつものオメガのものではなかった。
「お、お前こそ、何様なんだ!私に生きている価値がないなどと…!!」

「“始まり”に拒まれた“終わり”。そう言えば、分かってもらえるか?」

冷たく、オメガは笑った。それは、どこか自嘲的な笑みだった。
「何を……!?」
アルゼの顔色が蒼白になる。
そんなことがあるはずがない。
表情が、そう語っていた。
ゆっくりと、オメガはその言葉を口にした。

「四大精霊よ。汝らの主が命じる。……無に、還せ」

その言葉は、冷たく響いた。
光の球体がアルゼに襲い掛かる。
それは、一瞬だった。
アルゼが反撃にでる隙など、どこにもなかった。
次の瞬間、そこにアルゼの姿は無く、紅色に輝くクリスタルが転がっているだけだった。




エピローグ




どこまでも広がる、一面の緑。
遥か彼方に地平線が見える。
頬を撫でていく風。
草の匂い。
シグマとオメガは、小高い丘から草原を見下ろしていた。
村で生活する人々の姿が見える。
遠くから、あの歌が聞こえてくる。
優しく、懐かしい旋律。
オメガは、懐から小さな袋を取り出した。
袋から砂が零れる。
砂は、風に乗って舞っていく。
どこまでも、どこまでも。
草原一面に広がるように―――。



<了>



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