けん玉探偵





おもむろにタキシードの胸元から取り出すと、彼はそれを器用に動かし始めた。
規則正しく、カツ、カツと、木と木のぶつかり合う音が広間に響き渡る。
僕は、ここにいる人々が彼のこの行動をどう思うだろうかと、そればかりを心配していた。
「莢子嬢が殺されたのは、窓にも扉にも鍵のかかった部屋だった。……いわゆる、密室というやつだ」
彼はそう呟きながら、カツカツと、手に持っているそれを器用に動かしていた。
大皿から底にある中皿へ、そしてまた大皿へと。
彼が手にしているのは、木で作られた玩具。
左右と底に皿がついていて、尖った先には赤くて丸い玉がはめられるようになっている。
そう、けん玉だ。
誰しもが幼い頃に、一度は遊んだことがあるのではないだろうか。
けれど、殺人事件が起きたこの場に、この玩具は相応しくない。不謹慎でさえある。そして、タキシードを着た30過ぎの男がそれを手にしている姿は、あまりにも滑稽だった。
けれど、周囲の人々の奇異の目も気に留めず、彼はブツブツと呟いている。
「死亡推定時刻はおそらく20時半。その頃、莢子嬢以外の人間は全てここにいた……。ふうむ。では、誰が?」
既に大皿と中皿との往復は30回を越えている。いつもよりも回数が多いな、と僕は思う。
それだけ、この殺人事件に彼が頭を悩ませているということだろうか。
ここにいる僕以外の人間は、彼のこの行動をおかしいと感じでいるだろう。
けれど、仕方ないのだ。これが彼の推理スタイルなのだから。
ピースを一つ一つ確認し、パズルを完成させるための、手段なのだ。
「君、いいかげんに……!!」
痺れを切らした誰かが、彼に向かってそう怒声をぶつけるのと同時に、けん玉の玉が剣先にささった。
カツッと小気味良い音が広間に響く。
そして、そのけん玉を怒声をぶつけようとした相手に突きつけると、彼は言った。
「犯人は、あなたですよ」



事件も無事解決し、松下家の邸を後にしながら、僕は気になっていたことを口にした。
「今日は随分と推理に時間がかかっていたみたいだね」
すると、彼は右手を頭の後ろにやりながら、苦笑を浮かべた。
「いやあ、いつもよりも連続でもしかめさんが続いたのでね、このままいけばギネスに申請できるんじゃないかと思ったら、うっかり事件のことなど忘れてしまったよ。失敬失敬」
「……鈴木……」
呆れ声で呟く僕に、彼は声を荒げて言った。
「そんな平凡な名前で呼ばないでくれないか!何度言ったら分かるんだい小林君。僕の名前は金田一明智(きんだいちあきとも)だろう!!」
……何度言ったら分かってもらえるのだろうか。
僕の名前が大林だということを。
そして、彼の名前が鈴木太郎というごくありふれた名前であるということを。
けれど、そんなことを口にすれば、物凄い勢いで彼は捲くし立てるだろう。
いかに自分の名前が平凡であるのかを。
煌びやかな名前でなければ探偵ではありえないということを。
そして、助手の名前は、小林でなければならないということを。
「さあ、早く帰ろうじゃないか小林君」
足早に歩き出す彼の後姿を見て、僕は深く深く溜息をつく。
そして、3つ数えると笑みを浮かべた。
「帰りますか、金田一さん」
その僕の言葉に、けん玉探偵はにやりと笑ってみせた。
彼の探偵業に付き合うと決めた僕の試練は、まだまだ始まったばかりだ。



2006年3月12日 拍手御礼小説としてup





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